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東京地方裁判所 昭和45年(行ウ)233号 判決

原告 大阪建物株式会社

右代表者代表取締役 工藤友恵

右訴訟代理人弁護士 中筋義一

同 中筋一朗

同 福田玄祥

同 益田哲生

同 荒尾幸三

被告 東京都中央都税事務所長

右指定代理人 門倉剛

〈ほか二名〉

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者が求めた裁判

一  原告

被告が昭和四四年一〇月九日付で原告に対してした別紙目録記載の建物にかかる昭和四三年度の固定資産税及び都市計画税の賦課決定を取り消す旨の判決

二  被告

主文第一項と同旨の判決

第二主張

一  原告の請求の原因

1  被告は、昭和四四年一〇月九日付で原告に対し別紙目録記載の建物(以下「本件建物」という。)にかかる昭和四三年度の固定資産税二四、三九七、〇五〇円及び都市計画税三、四八五、二九〇円の賦課決定(以下「本件処分」という。)をした。

2  しかし、本件処分は、次のとおり違法である。

(一) 原告は、不動産の賃貸を主たる目的とする会社である。そして、本件建物は、原告が他に賃貸するために使用する目的で、鹿島建設株式会社に請け負わせ、昭和三九年一二月二八日に着工し、昭和四三年六月一〇日に完成したものであり、原告は、同日、同会社からその全部の引渡しを受けた。

このような賃貸用の建物が固定資産税及び都市計画税の課税客体となる時点は、建物全部の建築工事が完了し、請負人から注文主に対してその全部の引渡しがされ、注文主においてこれを賃貸の用に供することができる状態に至った時であると解すべきである。

したがって、本件建物は、昭和四三年六月一〇日に完成し原告がその全部の引渡しを受けた時に至って課税客体となったものであり、昭和四三年度の固定資産税及び都市計画税の賦課期日である同年一月一日当時はまだ課税客体ではなかったから、本件処分は違法である。

(二) 仮に、本件建物が右賦課期日当時固定資産税及び都市計画税の課税客体となっていたとしても、固定資産税及び都市計画税を賦課するためには、市町村長(都の特別区の存する区域については都知事。以下同じ。)は、毎年二月末までに固定資産の価格等を決定し、これを固定資産課税台帳に登録し、関係者の縦覧に供しなければならないにもかかわらず、都知事は、本件建物の昭和四三年度の価格を同年二月末日までに決定せず、昭和四四年九月三〇日に至り、これを決定して、家屋課税台帳に登録した。

しかしながら、固定資産課税台帳を縦覧に供した日以後に固定資産の価格等を決定し、これを固定資産課税台帳に登録することを認める地方税法(以下「法」という。)第四一七条第一項の規定は、市町村長が過失なくして固定資産の存在又は登録された価格等に重大な錯誤があったことを固定資産課税台帳を縦覧に供した日以後に発見した場合に限って適用されるものと解すべきであるところ、本件においては、東京都の固定資産評価員または固定資産評価補助員が昭和四二年一二月二六日に本件建物の状況を実地に調査し、本件建物の所在を確認し、その評価のための調査も完了していたのであるから、右規定の適用の余地はないというべきである。

したがって、本件建物の昭和四三年度の価格の決定及びその価格の家屋課税台帳への登録は違法であるから、右価格を課税標準としてされた本件処分は違法である。

二  被告の答弁及び主張

1  原告の請求の原因1記載の事実は認める。

同2(一)記載の事実(本件建物が固定資産税及び都市計画税の課税客体となった時期の点を除く。)は知らない。

同2(二)記載の事実中、都知事が本件建物の昭和四三年度の価格を昭和四四年九月三〇日に決定して、これを家屋課税台帳に登録したこと及び東京都の固定資産評価補助員が昭和四二年一二月二六日に本件建物の状況を実地に調査したことは認める。

2(一)  原告の請求の原因2(一)の主張について

法は、固定資産評価審査委員会に審査を申し出ることができる事項について不服のある固定資産税の納税者は、右不服を固定資産税の賦課についての不服を理由とすることができず、固定資産評価審査委員会に対する審査の申出及び固定資産評価審査委員会の決定の取消しの訴えによってのみ争うことができるものとしている(法第四三二条、第四三四条)。

そして、建物の建築年次についての不服は、固定資産評価審査委員会の審査事項に該当するから、原告は、本件訴えにおいて、請求の原因2(一)の主張を固定資産税の賦課決定の違法事由として主張することは許されない。

(二)  本件建物が課税客体となった時期について

(1) 固定資産税及び都市計画税の課税客体である「家屋」は、柱を立て、屋根を葺き、かつ、外壁を塗り終り、一個の建物として取引の目的とすることができる程度に達し、不動産登記の対象となるに至ったものでなければならないが、この程度に達していれば足り、たとえ完成前であっても右の家屋に該当すると解すべきである。

(2) ところで、原告は、本件建物の建築工事請負人鹿島建設株式会社から昭和四二年七月三一日付で本件建物の一部を除く大部分の工事竣工届を受領し、同年八月二日、右竣工部分について東京都建築主事の工事完了調査を受け、同年一〇月一日、一階の二一・九五坪の部分を金子歯科医院に、九階部分の三五九・四七坪をラサ工業株式会社に、同月一三日、八階部分の七七五・七一坪を川崎物産株式会社に、同年一二月一三日、一階及び二階の三三六・〇九坪を協和銀行株式会社に、それぞれ賃貸した。

そして、本件建物について、同年九月一九日新築を原因として、同年一二月一五日に表示の登記が、同月二三日に所有権保存登記がそれぞれ原告名義でされた。

(3) 本件建物の状況調査が実施された同月二六日当時の本件建物は、延べ床面積八、〇八三・七一坪のうち一五〇・〇一坪を除く部分については、本体工事および内装工事ともに完了しており、未完成の一五〇・〇一坪のうち、三階から九階までの各階の一部延べ床面積約七〇坪については、本体工事は完了し、内装工事及び電気設備の細部工事が未完成であり、二階から地下五階までの各階の一部延べ床面積約八〇坪については、本体工事が未了の部分があるという状況であった。

(4) したがって、昭和四三年度の固定資産税及び都市計画税の賦課期日である同年一月一日当時、本件建物は、ほぼ完成し、未完成の部分は全体の二パーセントにすぎず、表示の登記及び所有権保存登記もされていたのであるから、固定資産税及び都市計画税の課税客体である「家屋」に該当していたものである。

(三)  本件建物の価格の決定の時期について

法第四一七条第一項の規定は、原告主張のような場合に限って適用されるものではなく、固定資産課税台帳を縦覧に供した日以後に固定資産の価格等が登録されていないことを発見した場合に、その原因のいかんを問わず、これを決定して固定資産課税台帳に登録することを認めたものであり、価格等の決定が遅れたことによって課税することができないという不合理な結果を避け、課税の公平を失することがないようにするための補完的な規定である。

本件建物は、延べ床面積が八、〇〇〇坪余の大規模な近代的高層ビルであり、評価技術上の困難があったこと及び内部事情のため、その価格の決定までに相当の期間を要したが、だからといって、都知事が法第四一七条第一項の規定により固定資産課税台帳を縦覧に供した日以後に本件建物の価格を決定して、これを家屋課税台帳に登録したことに何の違法もない。

三  被告の主張に対する原告の認否および反論

1  原告の請求の原因2(一)は、本件建物が課税客体となった時期を争う主張であるが、本件建物が固定資産税の課税客体となった時期は、固定資産課税台帳に登録された事項ではないから、固定資産評価審査委員会の審査事項に当たらない。したがって、被告の答弁及び主張2(一)の主張は失当である。

2  被告の答弁および主張2(二)記載の事実中、(2)記載の事実は認めるが、(4)記載の事実中、昭和四三年一月一日当時本件建物のうち未完成の部分が全体の二パーセントにすぎなかったことは争う。当時、本件建物のうち一階から九階までの各北東すみの部分(サンゴ堂跡部分及びその隣接部分)並びに地下一階及び二階のほぼ全域の本体工事若しくは内装工事が未完成の状態にあった。

第三証拠関係≪省略≫

理由

一  原告の請求の原因1記載の事実(本件処分の経緯)は当事者間に争いがない。

二  原告の請求の原因2(一)について

1  原告は、本件建物は、昭和四三年度の固定資産税及び都市計画税の賦課期日である同年一月一日当時、未完成であって、まだ課税客体になっていなかった旨主張するのに対し、被告は、右不服は、固定資産評価審査委員会の審査事項に該当するから、これを固定資産税の賦課決定の違法事由として主張することは許されない旨主張する。

しかしながら、固定資産税の納税者が固定資産評価審査委員会に審査を申し出ることができる事項は、固定資産課税台帳に登録された事項のうち、法がいわゆる台帳課税主義を採用し、固定資産税の課税要件の存否又は内容を固定資産課税台帳に登録されたところに基づいて定めるものとしている事項に限られ、固定資産課税台帳に登録された物が固定資産税の課税客体に該当するか否かは、これに当たらないと解すべきであるから(当庁昭和四五年(行ウ)第九五号事件判決参照)、被告の右主張は失当である。

2  そこで、進んで、本件建物が昭和四三年一月一日当時固定資産税及び都市計画税の課税客体であったか否について判断する。

(一)  固定資産税は、「固定資産」に対して課される(法第三四二条第一項)が、固定資産税について、「固定資産」とは、土地、家屋及び償却資産の総称であり(法第三四一条第一号)、「家屋」とは、住家、店舗、工場(発電所及び変電所を含む。)、倉庫その他の建物をいう(同条第三号)とされている。

したがって、法は、「建物」をもって固定資産税の課税客体の一つと定めているのであるが、建築途上の建物は、どの程度まで完成したときに、固定資産税の課税客体になるかについては、何ら規定していない。

しかし、固定資産税は、固定資産の資産価値に着目して課される物税であると解されるから、建築途上の建物は、未完成であっても、社会通念上、それが土地から独立した土地の定着物となって一個の不動産として成立し、不動産として取引又は利用の対象とされうる程度にまで達した時に、固定資産税の課税客体となるものと解するのが相当である。

法は、登記所は、土地又は建物の表示に関する登記をしたときは、一〇日以内に、その旨を当該土地又は家屋の所在地の市町村長に通知しなければならない(法第三八二条第一項)とし、市町村長は、右通知を受けた場合においては、遅滞なく、当該土地又は家屋についての異動を土地課税台帳又は家屋課税台帳に記載し、又はこれに記載された事項を訂正しなければならない(同条第三項)としている。したがって、建築途上の建物が未完成ながら一個の不動産として成立し、表示の登記がされたときは、登記所からの通知に基づいて、市町村長はこれを家屋課税台帳に登録すべきことになるが、このことは、法が建物の表示の登記をすることができる程度にまで達した建物は、当然に固定資産税の課税客体に該当することを前提としていることを示すものにほかならないというべきである。

原告は、本件建物を他に賃貸するために使用する目的で建築したものであり、このような賃貸用の建物が固定資産税の課税客体となるのは、建物全部の建築工事が完了し、請負人から注文主に対してその全部の引渡しがされ、注文主においてこれを賃貸の用に供することができる状態に至った時であると解すべきである旨主張する。

しかし、法は、前に判示したとおり、固定資産の有する資産価値に着目してこれを固定資産税の課税客体としたものと解すべきであり、固定資産の所有者がその意図に従って使用収益することができる点に着目してこれを課税客体としたものとはとうてい解されないから、原告の右主張は失当である。

(二)  また、都市計画税は、都市計画区域内の「土地」及び「家屋」に対して課される(法第七〇二条第一項)。

法は、右「家屋」の意義について特に定めていないが、都市計画税は、固定資産税と同種の性格を有するものと解されるから、これを固定資産税における「家屋」の意義と別異に解さなければならない理由はない。

(三)  ところで、被告の答弁及び主張2(二)(2)記載の事実は当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、本件建物は、地上九階、地下五階建ての延べ床面積が二六、〇〇〇平方メートルをこえる鉄筋鉄骨コンクリート造りの近代的高層建築物であること、昭和四二年一二月末当時、本件建物の各階の北東すみの部分延べ床面積五〇〇平方メートル弱(サンゴ堂跡部分及びその隣接部分)は未完成であったが、同部分の土工事、コンクリート工事及び鉄骨工事はすでに完了し、コンクリートの壁面及び床はできあがり、地下階の防水工事、東側壁面のタイル工事、床、天井、壁の左官工事、塗装工事等の仕上げ工事を残していたにすぎず、右北東すみの部分を除くその余の本件建物の大部分は、地下一、二階の内装工事が一部未了であったほかは、すべての工事が完成していたことが認められる。

以上の事実によれば、本件建物は、昭和四三年一月一日当時、一部未完成ではあったが、社会通念上、既に土地から独立した土地の定着物となり、一個の不動産として取引又は利用の対象とされうる程度にまで達していたことは明白である。

(四)  そうすると、本件建物は、昭和四三年度の固定資産税及び都市計画税の賦課期日である同年一月一日当時、既に課税客体となっていたことになるから、本件処分に原告の請求の原因2(一)記載の違法がある旨の原告主張は理由がない。

三  原告の請求原因2(二)について

1  本件建物の昭和四三年度の価格が決定され、家屋課税台帳に登録されたのが、昭和四四年九月三〇日であったことは、当事者間に争いがない。

2  被告は、右価格の決定及び登録は、法第四一七条第一項の規定によってされたものである旨主張するところ、原告は、右規定は、市町村長が過失なくして固定資産の存在等を固定資産課税台帳を縦覧に供した日以後に発見した場合に限って適用されるものと解すべきである旨主張するので、右規定の趣旨について考えてみる。

固定資産の価格は、毎年二月末日までに決定され(法第四一〇条)、直ちに固定資産課税台帳に登録され(法第四一一条第一項)、固定資産課税台帳は、毎年三月一日から同月二〇日までの間関係者の縦覧に供される(法第四一五条第一項)のを原則とする。

ところで、固定資産税の課税標準は、固定資産の価格で、固定資産課税台帳に登録されたものとする旨定められている(法第三四九条および第三四九条の二)から、固定資産の価格が決定され、固定資産課税台帳に登録されない限り、固定資産税の課税標準は、具体的に確定しない。

したがって、固定資産の価格の決定が何らかの事由によって前記原則とされている期日までにされなかった場合に、もはやこれを決定して固定資産課税台帳に登録することが許されないとするならば、課税標準が具体的に確定せず、したがって、固定資産税を賦課することができないという事態を生じるのであって、このような事態が課税の公平を失する結果を招くことは明らかである。

そこで、法は、このような不合理な結果を避けるために、法第四一七条第一項の規定を設け、固定資産課税台帳を縦覧に供した日以後においても、登録もれのあった固定資産について、価格を決定し、これを固定資産課税台帳に登録することができるものとしたのであり、この規定を適用することができる場合を原告主張のように限定的に解釈しなければならない合理的な理由はない。

前述のとおり、固定資産税の課税標準は、固定資産の価格が固定資産課税台帳に登録されなければ具体的に確定しないが、固定資産税の課税標準となるべき価格として決定され、固定資産課税台帳に登録される固定資産の「価格」とは、適正な時価であり(法第三四一条第五号)、市町村長は、これを、自治大臣が定めて告示する固定資産評価基準(法第三八八条第一項)によって、決定しなければならない(法第四〇三条第一項)とされているのであるから、固定資産税の納税義務者は、事前に右価格を予測することは可能であり、また、市町村長が法第四一七条第一項の規定によって固定資産の価格を決定し、これを固定資産課税台帳に登録した場合においては、遅滞なく、その旨を納税義務者に通知しなければならない(同条同項後段)とされ、固定資産税の納税者は、右価格について不服がある場合においては、右通知を受けた日から三〇日以内に、固定資産評価審査委員会に審査の申出をすることができる(法第四三二条第一項)のであるから、固定資産の価格の決定及び登録が法第四一七条第一項の規定により固定資産課税台帳が縦覧に供された日以後にされても、固定資産税の納税者が格別の不利益を受けることはないと考えられる。

3  そうすると、法第四一七条第一項が原告の前示主張のような場合に限って適用されるべきであることを前提として、本件建物の昭和四三年度の価格の決定及びその価格の家屋課税台帳への登録が違法であるとし、したがって、右価格を課税標準としてされた本件処分は違法である旨の原告の請求の原因2(二)の主張も理由がない。

四  以上のとおりであって、本件処分には原告主張の違法はないから、その取消しを求める原告の請求は理由がない。

よって、これを棄却することとし、訴訟費用は敗訴の原告の負担として、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 杉山克彦 裁判官 吉川正昭 青山正明)

〈以下省略〉

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